「ショップの店員の仕事って、退屈だよなぁ」
「は?」
六本木ヒルズ。2年前。
当時のアルバイト先(出版社)の上司と忘年会。
目的の店に行く途中、上司がアパレルのショップを見ながら言う。
「客が来ないとき、本とか読めないじゃない。時間の無駄だよなぁ」
「・・・・・」
ショップの店員したことあるけど、大変ですよ。
時間の無駄だなんて思われたら心外です。
てゆーか、やってから言え。
やってみて、自分に合わなかったらそう言え。
頭脳系の仕事をする人にこの手の発言は多い。
宮部みゆき『模倣犯』より
「~まともな勤め人が満員電車に揺られて会社に向かい、
前夜どれほど眠るのが遅く、仕事が忙しくて疲れていようとも、
机につかなければならない時間帯に、
電話を留守電にして眠っていたり、
なんか忙しいから夜遅いんだと、午過ぎにならなければ
仕事に出てこないようなそんな団体に、
いったい“社会”の何がわかるのだろうと考えずにはおれないのだった。
そんな団体の考える〝社会”には、義男が長年豆腐を売ってきた
お客さんたちでさえ、勘定には入ってないのかもしれなかった」
漫画家をやっているとこういう「マスコミの人たち」と
主に接するわけで同族だと思うのだが、
社会のことをすべてわかったようなことを言って
コントロールできる気になっている。
いま私は「マス」ではなく、主に個人のオーダーメイドという形で
漫画を描いているが、
普通に歩いていたら出会わない職業や立場の人たちのことを
“こちらから情報を選ばないで”描くチャンスでもある。
この仕事をする前に、
(しがない事情でけっして望んだことではなかったが)
いろんな職業を経験しておいてよかったなぁ、と思う。
漫画もたいへんだが、漫画以外の仕事は私にとって
もっとたいへんだったということがわかり、
いまではもうどんな職業にでもリスペクトがやまない。
私がぜんぜんできなかったことをちゃんとできる人たちがたくさんいる。
アルバイト先のビルの窓ふき清掃をしている人を見ても
「すごいなぁ!」と口に出してしまっていた。
前述の上司に「すごいなぁ、できますか?」と言ったら
「そんなことできなくてもいい」と言った。
もしリストラされて、どこも雇ってくれるところがなく
窓ふきやショップ店員の仕事なら紹介できるよ と
言われたら
断るんだよね?